小夜曲
〜 Side Story 〜




 秘密の撮影会

「そうだったんですか……」
 ご迷惑をおかけしましたって、瞳子ちゃんはペコリと頭を下げた。
 真夜中のリビング。
ちょっとお腹がすいたねということで、二人は夕方祐巳のお母さんが作っておいてくれたサンドイッチをつまんでいた。
 ちょっと恥ずかしそうに、両手で持ったカップに口をつける瞳子ちゃん。
中身はホットミルクだ。
 祐巳はその様子を微笑みながら眺めていた。
「あの…」
「ん?」
「見つめられると恥ずかしいんですけど…」
 視線に絶えられずに瞳子ちゃんが非難してくる。
「だって貴重だもん」
 そう言って、祐巳は両手の親指と人差し指で小さなフレームを作った。
 髪を下ろし、祐巳のパジャマを着た瞳子ちゃんがちょっと長めの袖から指先だけ覗かせてカップを持っている姿がそこにあった。
髪を下ろすと雰囲気は志摩子さんのようだけど、志摩子さんが綺麗なら、瞳子ちゃんは可愛らしいといった感じ。
ちょっと上目づかいに見つめてくるしぐさが更に愛らしさを増している。
「蔦子さんが居たら絶対激写してるよ」
 そう言って、えへへと笑う。
「そんな写真、すぐに破棄です」
「そんなもったいない…」
 瞳子ちゃんがえっと言って、声のした方へ視線を向かわせる。
「つつつつ」
「こんばんは、瞳子ちゃん」
 苦笑を浮かべる祐巳の後ろには、今話題にのぼった当人の姿があった。
「どどどど」
 慌てて道路工事をはじめる瞳子ちゃんをまあまあと落ち着かせて、祐巳は種明かしをした。
「M駅前でお父さんを待ってる時に、偶然蔦子さんに会ったんだ」
「ちょうどカメラ屋さんからでてきたところでね」
 蔦子さんがシャッターを押しながら補足してくれる。
「事情を話したら、近くに古くから懇意にして下さってるお医者様があるから、一応見てもらった方がいいよってことになってね」
「そんなこんなで祐巳さん家まで連れてこられて、結局私も客間にお泊りすることに…」
「お父さんもお母さんも強引だから…」
 あははって笑ったけど、瞳子ちゃんは真っ白になってポカンとしている。
「はいはい、祐巳さんはあっちの席に行って。折角だからツーショット写真を撮ってあげる」
「プライベートなんだから口外はなしよ」
 くぎをさしてから祐巳は瞳子ちゃんの隣へ移った。
「もちろん。こんな機会を与えていただいたのに、そんなまねは致しません」
 心得たとばかりに合図を送ってくる蔦子さん。
 ピースサインをして一枚。瞳子ちゃんの肩を抱いて一枚。
 何枚目かのシャッターが切られた後で、ようやく瞳子ちゃんが現実に戻ってきた。
何か思いつめたように、下を向いてぷるぷると震えている。
あー、怒らせちゃったかなーと顔を覗き込むと、急に顔を上げた。
「こうなったらもうやけですわ!」
 そう言って、祐巳に抱きついてきた。
「そうこなくては」
 蔦子さんもノリノリでシャッターを切る。
 その後、騒ぎに起きてきた祐巳のお母さんも巻き込んで、真夜中の撮影会は小一時間続いたのだった。

 アルバムに楽しかった夜の写真が貼られている。
あの日蔦子さんが使ったのはポラロイドカメラ。
だからネガは残らないし、同じ写真は一枚もない。
同じポーズで何枚も撮影したのは、みんなの枚数分撮るためだった。
 瞳子はアルバムに貼られた一枚に手を触れた。
それは屈託なく笑顔を振りまく二人の写真。
他の誰も知らない四人だけの秘密の写真。
プライドも何もかもかなぐり捨てて飛び込んだ先にあった夢のようなひと時。
事情を知らない小母様が、「本当の姉妹みたいね」と言って、残りの三人で苦笑した思い出の一枚。
その輪郭がちょっとゆがんで見えた。
「瞳子ちゃーん」
 一瞬、写真の中の人が呼んだかのような錯覚を覚えた。
「ふふ…」
 ぱたんとアルバムを閉じ、睫に溜まった涙を指先で拭うと、瞳子は部屋を後にした。

 Fin


 あとがき
 一応まあお約束の展開ということで…。
蔦子さんは好きなキャラですし、結構神出鬼没なのでいろんなところでお世話になっちゃいますね。
聖さまがジョーカーなら蔦子さんはオールマイティじゃないかななんて思ったり。
それではまた次の作品で…

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