顔から火が出そうだった。
バスの座席に小さく腰かけて、両手で頬の熱を冷ます。
夕日に映し出された二人が、あまりに自然で、仲睦まじかったから、つい見とれてしまった。
傍らに祐巳さまが居たというのに、心の制御を忘れてしまった。
その結果があのていたらく。
祐巳さまの顔を見ればわかる。
自分はきっととんでもない言葉を口にしてしまったのだ。
でも…。
落ち着いて考えてみても思い出せない。
あの時発してしまった言葉…。
無意識に、そうあまりに無意識に口にしてしまった言葉だから。
それ以前に、祐巳さまが何を話されていたのかさえ覚えがない。
そのことが余計に瞳子を暗い気分にさせる。
「明日、どんな顔をして祐巳さまにお会いすればいいのよ」
バスはとっくにM駅前に着いているともしらず、瞳子は出口のない思案を繰り返すだけだった。
夕暮れ気分 〜中編〜
「そう…」
祐巳の話を聞き終えると、祥子さまは何か思案するように俯かれた。
何かぶつぶつと呟かれているのだけれど、お姉さまの考えを邪魔したくなかったので、祐巳はじっと待つことにした。
昨日の夜、テスト前の一夜漬け以上にいろいろと考えたこと。
瞳子ちゃんと出会ってから、昨日までの一日一日。
辛かったこと、楽しかったこと、笑顔、泣き顔、全部ひっくるめて。
それはもう知恵熱がでようかというほど。
だから、自分なりにまとめたその考えを、朝一番でお姉さまに聞いていただきたかった。
おそらく相談できる人は、今目の前にいるこの方しかいないのだから。
祐巳の期待に満ちた視線に気づいたのか、祥子さまはふっと笑みを浮かべた。
そしてゆっくりとタイを直してくれる。
「よろしいのではなくて。それがあなたの出した結論なら、私が反対する理由はないわ」
「お姉さま…」
「前にも言ったと思うけれど、あなたはあなたの思うまま動けばいいの。それがあなたらしさなんだから。その想いはきっと瞳子ちゃんにも届くはずよ」
「でもいいんでしょうか? 瞳子ちゃんの真意も確かめずにこんなことしてしまって…」
それでも祐巳は気になってしまう。
何故あの時瞳子ちゃんがあんなことを呟いたのか。
祥子さまはついでとばかりに祐巳のリボンを直しながら、
「多分間違っていないと思うわよ。それがあの子にとって一番印象深かったのだろうから」
ちょっと得意げにふふふと笑われた。
「怪しい。何か隠してらっしゃいますね、お姉さま…」
気になって問い詰めてみると。
「さあ、何のことかしら」
祥子さまはくるりと踵を返し、校舎の方へ歩いて行く。
「頑張りなさい…」
校舎の中に消える直前、そう優しく呟かれたのだけれど。
?マークを掲げる祐巳には、その声は届かなかった。
とりあえず瞳子ちゃんと向き合わなければ始まらない。
一時間目と二時間目の間の休み時間に祐巳は一年椿組の教室を訪れていた。
「松平瞳子さんに用があって参りました。取り次いでくださらない」
扉付近にいた子に声をかけると、ちょっと上ずった声で、「は、はい、少々お待ち下さい」と奥へ消えた。
この辺のやりとりは可南子ちゃんとの一件で経験済みだったので難なくこなせた。
「申し訳ありません。瞳子さんは教室にはいらっしゃらないようです」
泣きそうな顔でさっきの子が戻ってくる。
「あ、いいの、気になさらないで。また参ります」
用事でどこかに行っているのかもしれない。
仕方なく祐巳は次の休み時間に出直すことにした。
ところが…。
二時間目と三時間目、三時間目と四時間目の間の休み時間にも瞳子ちゃんに会うことはできなかった。
「授業が終わると慌ててどこかへ行って、授業開始ぎりぎりに戻ってくるんです」
三時間目と四時間目の休み時間に応対してくれた乃梨子ちゃんがそんなことを言ってくる。
「あ、ひょっとして…」
「…みたいだね」
勘のいい乃梨子ちゃんに苦笑しつつ答える。
「お昼休みに抑えておきましょうか?」
「あ、いいよ。自分でなんとかしてみるから」
乃梨子ちゃんの申し出を断って二年松組の教室へ戻りながら、祐巳は少し悲しげに呟いた。
「瞳子ちゃん、逃げちゃだめだよ…」
四時間目が終わると同時に瞳子はお弁当を抱えて教室を飛び出していた。
「瞳子ー」
後ろから乃梨子さんの声が追いかけてくるけれど気にしない。
真っ直ぐにミルクホールに向かい、自販機でいちご牛乳を購入すると、急いでその場を立ち去ろうとした。
「きゃう?!」
踵を返そうとした瞬間、後ろから抱きしめられて思わず声をあげてしまう。
「捕まえたよ、瞳子ちゃん…」
耳元で囁くのは間違えようもない祐巳さまの声。
「離してください…」
今日は勝気で意地っ張りな仮面を被るのは無理だから、耳まで真っ赤になりながらそう呟く。
「逃げないなら離してあげる」
「逃げません…」
「信じていいのね?」
「……はい」
諦めたように呟くと、ふっと戒めは解かれ、代わりに手を引かれた。
「それじゃあ、行きましょうか」
「えっ?」
どこへって顔を向けると、祐巳さまは微笑んで言った。
「落ち着いてお話ができるところ…」
To be continued ...
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